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魔法少女まどか☆マギカ 初見感想まとめ

先日、dアニメストアで「魔法少女まどか☆マギカ」、通称まどマギを視聴しました。

この記事は、その当時に書いたtwitterとふせったーのまとめです。

 

 

それぞれの文章は、全然先のこととか知らずに、その当時に書いたものなので今見ると違っている部分とかもありますが、ご了承ください。

 

1話

(2023/3/7)

まどマギ、もう最初からインターネットミームしか無いな…………

・2011年だけどHD画質だし、普通に絵綺麗だな………

・立派な家ってそんなベクトルで立派なことある?

・物分かりのいい友達

エンドカードがある!もう既に全然そんな穏やかな雰囲気じゃないですけど……………

・1話でこれだったら今後どうなってしまうんだ
 思ったより1話から普通にパリッとした感じでびびってる
 がっこうぐらし1話より全然穏やかじゃないだろ

2話

・「銃」が出てくると大人向けな感じが出るの、この時代らしくもあるけど今でも普遍的に通じる概念だよね

3話

・「魔法少女」の話だ………

・めっちゃ魔法少女概念の話の回だったな…まどか………

・マミさん、別に二人をそちらに誘導しようというつもりは全然無かったけど、めっちゃ優しくしてあげようとして、実際優しくしたらああなってああなった感じだよなー、悲しい事だ…

・絵柄だけは蒼樹うめさんの画の感じをすごく表現しているけど、エフェクトデザインとかはめっちゃ普通に激しいエフェクトなんだけど、でも、だからこそストレートにやりたい事が伝わる感じがある。

・今のところ何というか、純粋にストレートに面白く見ごたえがあるので良い。
2011年ってなんかもっとこう、色々今とは違うところとかあるんじゃないかと思ってたけど、テンポも普通に良いし、一話であそこまで行くのも導入としてしっかりしてて良いよね。

・まあポケモンBWより後と言うと最近っちゃ最近の作品か…

・「何のために戦うのか?」(何を願って魔法少女の道を選ぶのか?)という事は、プリキュアとか色々なこういう話でも結構何度もやってる題材で、なんなら"ひろがる"でもかなりやってる話なので、その話から始まったのは結構ストレートだなと思った。

でも、そこら辺考え方について作中の人たちが出す「答え」はある程度時代によって変わってきてる気がするので、12年前のこの作品ではどんな答えがあるのか、今後どうそれに向かっていくのかはまだ分からず楽しみ。

4話

・さやかちゃん………

・毎回エンドカードだけ明るすぎるの笑う

5話

・さやかちゃん……………

・車の運転の性格適正みたいな話だ

・さやかちゃんあんまり車とか運転させない方がいいかもしれない

6話

・わざわざEDアレンジあるの面白すぎ(ゲームセンターの曲)

・あの話を聞いてああ出られるまどかはきっと偉い

・思い返せばプリキュアの妖精って昔は種とか食べてたけど最近全く食べてない…よね?

・やっぱエサとかあげたらダメだからなのかな

・何となくの感覚だけど「今はあんまり見ない魔法少女観・魔法少女文脈」みたいなのも時々出てくるような気がしてて、そこはそういえればそんな概念あったなあと感じる。でも自分自身は実際にそんなに魔法少女が出てくる話を見てる訳じゃないのになんとなくそう感じるのは不思議だ。

7話

・人間らしい価値観、良いよね

・嫌すぎる!!!!!!

 

・誰かのための願い、それは一定程度は自分のためでもあることに、ソウルジェムの件である程度は気づいたけど、まだ気づききれていないさやかちゃんが嫌すぎる。

それはさやかちゃんだけが悪い人な訳でなく、ほとんどの人類がそのジレンマとかを抱えるものなんだと思うけど、だからこそ、悩んでる最中なのか、悩むのを多少避けて戦おうとしているようにも見えるさやかちゃんを見るのがまあまあ辛い。

魂の場所にこだわる理由が分からず、どこにあっても結局は理論上は(代償の大きさや重さとしては)同じだろうというキュウべえの言い分が、「さやかちゃんは今葛藤しているけどその自己矛盾というか、本当の気持ちだけを貫くことの困難さは最初から少しはあったといえるだろう」ということからある意味正当化というか、肯定されているのが辛い。

 

・おい!!!さやかちゃん!!!!!と言いたくなるけど結局はまあ人ってそういうものなんだけど、それが余計に嫌すぎ

 

ソウルジェムの利点と(人間的な倫理観から見た)嫌な点を、7話の中で1番理解するのはキュウべえに刺された痛みを体験させられた時ではなくて、まどかに泣きつく所なのに、結局話の最後では利点を実感しようとするの最悪すぎる構成

 

・話の構成が上手いからこそ最悪で、最悪だからこそ話が上手い回だった

 

8話

・初登場時回復付帯

(※元ネタ…ポケモンマスターズEX さやかちゃんのパッシブスキルの話です)

・嫌すぎる!!!

・さやかちゃんはもはやRTAのような速度でああなってしまったけど、結局は皆、死んでしまうかグリーフシードが枯渇するかさやかちゃんのようになるのだろうか。まあ、なるんだろうな…それはそうか。

・戦死する以外だと資源が枯渇するか心が荒むかが実質人生の終わりな生き物、普通にあまりにも悲しすぎる。そんなのって、それが普通の人間と同じだっていうことはきっと無いはずだよ。

9話

キュウべえのテーマ曲好き

・杏子ちゃんもあんなヤケ食いして、本人は割り切ってるつもりでもそんなにまともな精神状態には見えないなかでよく頑張ってやってるよ

・真実が明らかになると唐突にめっちゃ非人類ムーブしてくるキュウべえ、ちゃんと非人類ムーブしてて良かった

・直近で見てた少女終末旅行は、世界の範囲は自分が観測して感じられる範囲として生きても十分だという話だったので、話が大きくなっていきそうなのは怖い

10話

・時系列的に目覚めたらもうめちゃくちゃ急いでキュウべえを倒しに行かないと間に合ってないだろうから、本当にRTA洗練されている すごい

・今までの様々なパターンの試行の結果の最後を見てきたら、後はもう、今回は最後にどうなるか、しか残ってない訳だけど………果たしてどうなるのか……ねえ。

・マミさんが真実を知って(それ以外のパターンではどこかで死亡していたのだろうか?)皆でソウルジェムを撃ち合うエンドが1番最悪だったな……………

11話

・牛のpowerpointキュウべえ

・避難所が2011年

12話・全体

・Don't forget. Always, somewhere, someone is fighting for you.

…………うん…暗い話だったけど、なるほど………見る機会があって良かった。

 

・感想1

これから自分の中で考えたり色々見たりして理解を深めていくけど、その前の呟きなので適当かも ご了承ください

「だって魔法少女はさ、夢と希望を叶えるんだから!」
……………これが聞けただけでも良かった………良かったけど………普通になんというか…暗い話………!!!

いや、暗い話というのは、魔法少女とかが死んだりする世界観が暗いとか、そういう話ではなくて……そういう類の暗い話な事は多少は知ってたし一話から普通に暗かったから、それにはなんも驚かないけど……

なんと言ったらいいか難しいけど、「話の明るさの明度が暗め」というか…
最終的には、まどかによって、より良い宇宙を獲得したというか…希望を抱ける宇宙を生成することができたから、良かったじゃん。でも、それが少し暗めだなと思って。
「希望を抱いた分だけ絶望が生まれる、希望を抱くのが間違いな宇宙なんて変えよう」が主人公の願いごとなのは…
(実際に作中世界での魔法少女に絶望を超えるような希望が全く無いところ、まどかに関しては歴史上の数多の魔法少女の結末まで散々見せられてからの流れとしては)間違いなく素晴らしく大事なことなんだけど、我々にとってはあまりにも切実すぎて、(作中の描写では無限の大きさのスケールだが)ささやかで、暗闇にろうそくを灯すような結末にも見えた。
空気が無い世界に空気がもたらされたような感じかな。

それはきっと、(少なくとも自分の感覚としては)我々には当たり前にあるものだからなんだろうけど、しかし、この作品はある程度そんな視聴者に対しても答えを与えてきている…と思う。

まどか達がいた宇宙とは異なる(並行していると考えても良い)我々の世界で何かこの話から得られるものは何かということを考えると、もし私たちの宇宙が希望を抱けて、かつ、豊かに暮らすことができる宇宙なら、それはきっと、(並行世界の影響は一旦置いておいて)「今までに」誰かが希望を持って戦ったり、努力したりして夢を叶えてきたからこそ、というのが何となくの、我々の世界における答え…という風に自分は解釈したし、最後の英文もそういう事なんじゃないかな。

追記:「まどかのお陰で希望が持てる世界ができた」ことを、「私たちの世界で過去に誰かが頑張ったおかげで今の世界がある」ことの比喩だと思っている、というのとはちょっと違います。ここら辺の解釈は追記2や他のふせったー(下記)の方が上手く書けたのでそこを見てください。

……うーん………深刻かつ巨視的なストーリー………!

いや、すみません、なんか、批判したいとかじゃなくて、びっくりしたというか…ただ、受け止めるには重たいなと思って………

ここからは話ちょっと変わりそうなので次のふせったーへ。

 

・感想2

知的生命体としての発展の良し悪しは理解するけど感情というものは理解せず、単に、膨大な宇宙の歴史におけるエネルギー問題を解決しようとしただけのキュウべえと、たった一人の人の幸せを願ったほむら、そして家族や友達と仲良く暮らしていくことを願ったまどかは対比になってると思ってたけど、本来はその対比の中で小さい側だったまどか側が巨大な存在になるのはどういう事なのかはまだ完全には理解してない。

でも、「普通の日常を生きていた」まどか自身が「日常のささやかな場面で抱くことができる幸せや希望という概念そのもの」になるオチということは、やっぱり、なんか……「まどかのこと(≒偏在的に存在する希望及び、それを作り出してくれた人々)」を忘れずに生きようね、ということなのかなあ?

やっぱり……素晴らしいけど、改めて言われるとちょっと荷が重いかもしれないな。

 

・なんだろう、自分も基本的には大体そう(→まどかが私たちの今の世界を作ってくれたという考え)なんだけど、まどかは異なる世界線も見ることができるようだから、(ある程度)異なる世界線にさえある程度偏在していそうで、そのうちにこの(私たちの)世界もあるんだろうみたいな…そんな感じかなあ。
そう思うと、まどかだけじゃなく、この世界で頑張った人もこの世界で振りまいた人なんだなあというか、そんな気になった。

 

・無理に物語の内容を現実に当てはめて解釈しようとしている訳では無いけど、異なる世界の出来事を見る機会を得たというか、そういう価値観で(物語を)見てるかも

きららファンタジアの設定的な

(→※神様が異なる世界の出来事を書いてたくさんの本を書いており、それらを読むことで世界の住人は生きる力を得ることができている)

 

叛逆はいずれ見るので、見たら追記します。

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